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お山の里でぼちぼち暮らす

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本日放映!  「大江健三郎 大石又七 核をめぐる対話」

「大江健三郎 大石又七
核をめぐる対話」
http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2011/0703.html

地球的にみてこんなに被爆している地域(今は国家)は他にない。
時代の節目毎に日本から意識的ではないにせよ人類全体へのメッセージが送られているような気がするのです。
 以下番組解説より引用;

広島・長崎、ビキニ。作家、大江健三郎は、核と日本人の問題を考え続けてきた。そして福島原発事故が起こったいま、大江は、核兵器の抑止力という幻想と原発の安全性という神話が重なり合って見えると語る。その大江の希望で、去る5月11日、東京夢の島に展示された第五福竜丸の船上で、一つの対談が行われた。相手は、大石又七。1954年3月1日、ビキニ沖をマグロ漁船、第五福竜丸で航行中にアメリカの水爆実験に遭遇、“死の灰”を浴びて被ばくした。当時、大石は二十歳の誕生日を迎えたばかりだった。周囲の偏見、無理解に耐え切れず、東京に出た大石は、クリーニング店を営み、ひっそりと暮らしてきた。第一子の死産、被ばくした仲間たちの相次ぐ癌死。大石は、核に対する恐怖を胸中に抱え込んだまま沈黙を続けた。その背景には、冷戦下の核配備競争と、それと1セットの形で進められた核の平和利用の推進という時代の潮流があった。 大石が、核について発言を始めたは、80年代になってからである。夢の島に捨てられていた第五福竜丸が「発見」され、そこを訪ねた時、何かが大石を動かした。以来、大石は、中高生たちに被爆体験を今日に至るまで語り続けてきた。大江は、大石が、日本人と核という問題に最も真摯(しんし)に向き合い続けてきた一人と考えている。

広島・長崎から66年、ビキニ事件から57年。その間、日本人は核被害をよく思想化し得なかったのではないか。そのことと福島原発事故はつながっているのではないか。番組では、初めて会う二人が、歩んできた時代、核と人間について語り合う。
# by shigezo09 | 2011-07-03 08:00 | Comments(0)

名曲は名曲

今日は雨だけど室生の山奥では涼しいくらいでこんな日にはこの曲が似合う。ほんとに世界中の多くの人に愛されている曲であることがyou tubeを見ているとわかるけど録音が難しいんだな〜・・・。こちらの方のはKORGのシンセサイザーだけどとてもいい音だなあ〜。


ギターでもこんなに素敵なのがあった;


いや〜も〜なにもいうことはありません。
# by shigezo09 | 2011-07-01 17:05 | 音 音楽 | Comments(0)

子供の夢

伊丹の家の方はもうゴールがすぐそこまで見えてきた;
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外壁もあとちょっと・・・今回は小生の設計ではじめて上から下まで焼き杉板となっております。
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あ、いけませんなあ〜・・・また第三惑星外小動物です。どうも現場の雰囲気が・・・。
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しかしこれを見て失神しそうになりました。これも数ある「図面にない仕様」の一つ・・・建具溝に硬木の補強材なん。この家の耐久性は計り知れない・・・?
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今回の焼き杉板は広島からやってきました。炭が落ちにくいようで大工さんもそれほど黒くならないから好評です。それに焼く前の板の仕上げが今までのものよりも格段にいい感じです。
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おまけになんと約物まで用意されてました、まいったな〜・・・。
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さてこちらは棟梁の仲間の大工さんが暇をみてはこしらえているという「木の椅子」。大工さんが自ら山に入って材料となる木(枝?)を採ってきてちゃんとホゾ組でつくるものです。この世に一つしかない造形。これで福沢さんが二枚もいらないんだからなかなかなもんです。座り心地もなかなかど〜してとお〜ってもいいですぞ。
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お施主さんのお子さん、この家で育つ訳ですが、男のお子さんの方は将来、原子力工学を学ぶと決めたそうです。「おいおい、きみが大きくなる頃にはなくなってるかもよ?」なんて愚問を設計士がしたら彼曰く「ぼくは放射能を除去する研究をするんです」・・・。
この言葉にハッとさせられました。感動しました。
さらには自分がなにかつまらない人間に思えて少々恥ずかしく感じたりもしました。
# by shigezo09 | 2011-06-28 12:03 | 木の家 古民家 | Comments(0)